ウエディング ラボ

# Wedding labo

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ウエディング業界の歴史 ~どこから需要が発生し、どのように発展してきたのか~

ウエディング業界の成り立ちから今日までを紹介します。

写真館と美容師のコラボがウエディング産業の起源

ウエディングラボの画像

日本の婚礼文化は室町時代にほぼ整ったとされています。平安時代から鎌倉時代には「婿入り婚」(夫が妻の家に通う婚姻形態)でしたが、やがて武家社会の発展とともに、現代の「嫁入り婚」の形態に変化してきました。


一方、ウエディング業界の成立のはしりは、明治時代、西洋の写真撮影技術を学んだ写真館が、結婚の記念に夫婦を撮影するようになったのが起源とされています。
写真館が地元の和装美容師と提携して新婚夫婦や家族写真などの撮影をし始め、それ以降、お見合い写真や結婚の記念写真という形でウエディング産業が発展していったのです。
第二次大戦前の1930年代には70%以上がお見合い結婚。その時代、釣書と呼ばれる身上書(プロフィールデータ)とお見合い写真しか、相手を知る材料がなかったため、特に女性にとってこのお見合い写真にかける情熱は並々ならぬものがありました。
やがて第二次大戦後から、結婚式場には「写場(しゃじょう)」と呼ばれる写真スタジオが併設されるようになり、1970年代以降、ホテルでの婚礼が増えたことから、街で人気の写真館が、ホテル内に写場を構えるようになりました。


(画像提供 嶋写真店)

1980~1990年代、専門式場と互助会系会場の隆盛

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写真館と美容室の提携ビジネスとして興ったウエディング業界ですが、やがて神社(日比谷大神宮・現在の東京大神宮)で挙式したあと、帝国ホテルで披露パーティーを行なうスタイルがセレブの間で流行。それがホテルウエディングの創始とされています(1923年同ホテルライト館のバンケット完成)。結婚式場のルーツとしては、昭和の初めに料亭として開業した目黒雅叙園が結婚披露宴を行なったのがその源といわれています。


その後、第二次大戦後に明治記念館がオープン、また椿山荘や八芳園なども、結婚式場としての利用が増えていくようになります。やがて料亭にルーツを持つ池袋の白雲閣(現在はクラブハウスウエディング・リビエラ)、東中野に本拠を持つ、日本閣(現在はウエスト53rd)なども含め、1980~1990年代には「5大結婚式場」時代が到来。全国各地にこれらのビジネスモデルを用いた専門式場ができました。
 
かたや、冠婚葬祭互助会も終戦直後の1948年に事業を開始。横須賀から名古屋、静岡へと事業基盤を拡大していった平安閣グループ、1958年に愛知県冠婚葬祭互助会が興した高砂殿グループ、そして1963年に京都市冠婚葬祭互助会センターが始めた玉姫殿グループが誕生。葬儀と結婚式の両面で全国に展開し、ウエディング産業を大いに盛り上げました。現在でもそれらの流れを組むメモリードやベルコ、グランドティアラなどの全国の互助会系企業が日本のウエディングの約3割を施行しています。


(画像提供 目黒雅叙園/旧宴会場「竹林の間」)

90年代からはホテルウエディングが中心の時代

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現在でも約3割の結婚式シェアを有するホテルが、結婚式に本腰を入れてビジネス展開するようになったのは、バブル経済が崩壊した90年代前半のこと。
それまで法人客相手の一般宴会で潤っていたバンケット事業が、バブル崩壊により、需要が減り、かわって1組300万円近い売上が見込めるウエディングをはじめとした個人客にターゲットを向けた結果です。
全社的にこうしたリテール事業に注力する流れが生まれ、専門式場や資金力豊富な互助会系企業に対抗して、館内型チャペルを独立型チャペルに改める動きが顕在化しました。
バブル後に「ゼクシィ」が創刊され、超閉鎖的でおしきせの多かったウエディング業界の透明化を果たし、それまでの不透明なエージェント送客ではなく、「ゼクシィ」が媒体送客の役割を果たしたことも、ホテルが婚礼事業に本腰を入れるきっかけとなりました。


(画像提供 帝国ホテル)

ゲストハウスタイプの会場がマーケットを席巻

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1990年代にはレストランウエディングブームも到来。
これはテレビ番組「料理の鉄人」(1993年~、現在の「アイアンシェフ」)の影響もあり、結婚式の料理にこだわる新郎新婦が増え、またおしきせではなく、自由度の高いオリジナルウエディングを行なえる点で人気を博しました。


このレストランウエディングの自由度、プライベート性と、専門式場のノウハウを結集したのがゲストハウス(ハウスウエディング)です。1997年に、東京・立川市にルーデンス立川ウエディングビレッジ(現・ルーデンス立川ウエディングガーデン)が誕生。
大聖堂のチャペルを中心に広がるヨーロッパの街づくりを参考にして、独立したバンケットが建つビジネスモデルは、ホテルや専門式場のロビーで複数の花嫁がすれ違うという課題を解決し、プライベート空間を貸し切ってウエディングを行なうという新しいスタイルを確立しました。
ゲストハウスタイプの会場はその後、どんどん支持を得て、現在では地域によってはホテルを逆転し、3割以上のシェアを獲得しているケースもみられるほど浸透しています。


(画像提供 ルーデンス立川ウエディングガーデン)

郊外型から都心部ビルインタイプに

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ゲストハウスタイプの会場を運営する企業は、その後、増加し、いずれも好業績を挙げ、現在では上場する企業も増えています。
またホテルや専門式場ではゲストハウスの良い点(プライベート性の確保のための動線整備やインテリア)を吸収し、同時間帯ワンフロア貸し切りなどの新体制をとるようになっています。


ゲストハウスはこれまで郊外にビレッジハウスタイプ(ルーデンスタイプ)の会場を展開して来ましたが、長引くデフレ経済のもと、大都市圏の地価がさがったことで都心部への進出を開始。いまでは都心部駅近にビルインタイプの会場を新規出店するケースが主流となっています。


(画像提供 株式会社ブラス ヴェルミヨンバーグ)

「ナシ婚」カップルには、正しく魅力的な情報が届いていない

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ゲストハウスの隆盛にもっとも影響を受けたのがホテルです。かつて年間2000~3000組を施行していたスーパーホテルも、現在では組数を落として1000組以上を実施しているのは、東京の帝国ホテル、ホテル日航東京など限られたホテルだけ。
もちろんその背景には少子化や、入籍だけで結婚式を行なわない「ナシ婚」カップルの増加も主たる要因に挙げられます。そのなかには単に一般マスコミが報じる「結婚式はお金がかかる」「高い」という情報しか入手せず、最初からあきらめているカップルも実は多いのです。「格安なプランがある」「両親とふたりだけの最小単位のウエディングも可能」などの情報は、残念ながら一般マスコミに取り上げられてきていません。私たちウエディング業界人もこれまであまりにも業界内だけの発信に留まっていた反省を踏まえ、今後は正しい魅力的なウエディングの情報をどんどん発信していくことが求められています。 
 
もうひとつ大切なことは、たとえフォトウエディングで写真だけの結婚式であろうと、リゾート地でふたりだけで結婚式をしようと、これらの方々はすべてウエディング業界のお客さまであるという点です。私たちは、これらのお客さまにどのようにアプローチし、どのような提案をすれば、価値を感じ、より多くの費用を投資していただけるのか?それを真剣に考えることがいまの時代には求められているのです。


(画像提供 ホテル日航東京)